ヨシムラ
カワサキは長年、水素に関する技術を磨いてきた。現在は、水素供給のインフラ構築に向けた実証実験や、水素を燃料とした発電施設の技術開発、そして水素エンジンの開発など、多分野において水素事業を展開している。連載企画『川崎重工業の水素戦略』では、二輪に限らず、カワサキの水素事業の現状を紹介する。第5回目は、褐炭由来の水素をオーストラリアから運ぶためにカワサキが建造した液化水素運搬船について解説する。
褐炭由来の水素を豪州から運搬する使命
カワサキが理事長を務める技術研究組合、HySTRA(ハイストラ)は、現在、オーストラリアから褐炭由来の水素を輸入して、日本で供給する実証実験を行なっている。この実証実験の工程のうち、オーストラリアから日本に水素を運搬する役割と、日本で揚荷・貯蔵する役割をカワサキが担当している。水素を運搬する際には、水素運搬船を利用して海上輸送する計画だが、この水素運搬船をカワサキが製造しているのだ。現在は、実証実験の段階で、パイロット船を港に着岸させて実験している。
LNG運搬船とLPG&アンモニア運搬船の実績
水素は液化すると体積が減る。体積が減ればより多くの水素を運ぶことができて、運搬の効率が飛躍的に向上する。ただ、そのためには水素を極低温に冷却し、さらに、海外からの海上輸送となると、極低温状態を長期間維持しなければならない。カワサキはこの技術に長けているのだ。カワサキは、1981年に欧米以外では初めてLNG(液化天然ガス)運搬船を建造し、海上輸送における極低温技術をリードしてきたのである。さらに、2021年5月にはLPG(液化石油ガス)とアンモニアを運ぶ兼用運搬船も開発している。これらの技術を活かして、液化水素を輸入するための液化水素運搬船を建造するに至っている。
液化水素運搬船『すいそ ふろんてぃあ』
水素は-253℃の極低温にすることで、気体から液体に代わり、体積が1/800に減少する。この状態を保持して液化水素を運搬するために、カワサキが建造したのが“すいそ ふろんてぃあ”だ。すいそ ふろんてぃあは世界初の液化水素運搬船で、大量の水素を効率よく安全に輸送することを目指して開発された。現在は、パイロット船として実証実験に使用している。主な諸元は全長:116m、幅:19m、総トン数:8,000トンで、一度に1,250㎥の液化水素を運ぶことができる。この液化水素の量は、燃料電池車(FCV)1.5万台の燃料に相当する量だといわれている。
すいそ ふろんてぃあ内に設けられた液化水素を貯蔵するためのタンクは1基で、このタンクは真空断熱二重殻構造を採用し、高い断熱性を確保している。また、タンクを支持する部分にガラス繊維強化プラスチックを採用し、熱伝導を抑える工夫もほどこしている。
現在すいそ ふろんてぃあは、兵庫県の神戸空港島にある液化水素受入基地に着岸しており、液化水素を使用した実証実験に使用されている。2021年度中には船籍を取得して、オーストラリアと日本を航海する実証実験を実施する予定だ。なお、オーストラリアから日本までの航海距離は9,000㎞、航海日数は16日間を予定している。
液化水素運搬船の大型化技術開発
すいそ ふろんてぃあで技術・安全・運用上の成立性が実証できた後、商用化を実証するための実験に移行する。商用化実証のポイントの一つが経済性の確保だ。つまり、1回にできるだけ多くの液化水素を運んで、日本で水素を利用する時の水素の価格を抑えようとする試みだ。そのためには、すいそ ふろんてぃあより大型の液化水素運搬船が必要となる。そこで、現在カワサキはすいそ ふろんてぃあより大型の液化水素運搬船の開発を進めている。
現在カワサキが開発している大型液化水素運搬船は、1回に運ぶことができる液化水素に関して、すいそ ふろんてぃあとどれだけ違うのか。タンク容量はすいそ ふろんてぃあが1,250㎥なのに対し、大型液化水素運搬船は4万㎥となり、実に32倍となる。さらにタンクの搭載数は、すいそ ふろんてぃあが1基なのに対して、大型液化水素運搬船は4基の搭載を計画しているのだ。つまり、大型液化水素運搬船はすいそ ふろんてぃあの128倍の液化水素を運搬することが可能なのだ。なお、すいそ ふろんてぃあも全長が116mといったようにかなり大きな運搬船なのだが、大型液化水素運搬船はさらに大型となり、全長300m級となる見込みだ。
商用化実証は2020年代半ばに実施される予定で、2030年には商用化する計画である。