ヨシムラ
カワサキは長年、水素に関する技術を磨いてきた。現在は、水素供給のインフラ構築に向けた実証実験や、水素を燃料とした発電施設の技術開発、そして水素エンジンの開発など、多分野において水素事業を展開している。連載企画『川崎重工業の水素戦略』では、二輪に限らず、カワサキの水素事業の現状を紹介する。第3回目は、水素社会実現に向けて実証実験を実施している技術研究組合HySTRAを解説する。
HySTRAの概要
この企画ですでに述べている通り、カワサキは2016年に、岩谷産業や電源開発(Jパワー)などと技術研究組合、HySTRA(ハイストラ)を設立している。ハイストラとは『技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構』の略称で、石油や天然ガスと同じように、水素が一般的に利用される水素社会を目指している。そのための具体的な活動として、褐炭を有効利用した水素製造、輸送・貯蔵、利用からなるCO2フリー水素サプライチェーンの構築を行ない、2030年ころの商用化を目指して、技術の確立と実証に取り組んでいる。2021年10月時点での組合員はカワサキ、岩谷産業、シェルジャパン、Jパワー、丸紅、エネオス、川崎汽船の7社で、理事長をカワワキが務めている。ハイストラを端的に解説したが、以下でもう少し詳しく解説しよう。
ポイントはサプライチェーン
ハイストラを語る時のポイントがサプライチェーンだ。なんとなく耳にしたことはあるけれど、実際のところはよくわからないという人もいるのではないだろうか。サプライチェーンを直訳すると“供給連鎖”という意味だ。つまり、製品の原材料の調達に始まり、製造、管理、配送、そして消費者の手に渡るまでの一連の流れを示した言葉のこと。サプライチェーンの工程を一社のみで行なうことは限りなく不可能で、一般的には数社の企業が連携して実施している。たとえばスーパーマーケットに並ぶトマトだ。トマトの栽培をスーパーマーケットが行なっているわけではなく、農家がトマトを栽培して、農協などに出荷する。そこから卸売業者を経由して、配達業者がスーパーマーケットに配達して店頭に並ぶ。このトマトの供給の流れを水素に当てはめたのが、ハイストラが行なっている事業として考えてもらえばいい。
ハイストラの供給連鎖
では、ハイストラの供給連鎖とはどのような事業なのか。オーストラリアで褐炭から水素を製造し、日本に運搬して日本で利用者に届けるという供給連鎖だ。まずはオーストラリアで採取した褐炭をガス化し、そのガスを精製して水素を取り出す。その水素をオーストラリアの港に設けられたプラントに運ぶ。港のプラントで水素を液化し、運搬船に積む。ここまでがオーストラリアでの作業だ。次に、オーストラリアで積み込まれた液化水素を運搬船で日本に運び、日本の港に設けられた液化水素受入基地で荷揚げする。荷揚げした液化水素を貯蔵して、各水素ステーションに届ける。これが、ハイストラがかかわっている供給連鎖だ。このうち、オーストラリアにおけるガスの精製・港までの陸送・港での水素液化・運搬船への液化水素の積み込みを現地法人のハイドロジェン・エンジニアリング・オーストラリアが担当し、オーストラリアにおける褐炭のガス化、オーストラリアから日本への液化水素運搬、日本での荷揚げ・貯蔵をハイストラが担当する。そして、ハイストラが担当する工程を、前述した7社が連携して実施している。さらに、ハイストラの担当事業のうち日本への液化水素運搬と、日本での荷揚げ・貯蔵をカワサキが担当しているのだ。
カワサキが担当する液化水素運搬と貯蔵・荷揚
カワサキは1981年に、日本で初めてLNG(液化天然ガス)運搬船を建造し、海上輸送における極低温技術をリードしてきた。この技術をもとに、世界初の液化水素運搬船“すいそ ふろんてぃあ”を建造し、現在、液化水素を海上運搬して、日本に貯蔵する実証実験を行なっている。すいそ ふろんてぃあは液化水素を-253℃に冷却したまま一度に1,250㎥を運搬できる。この量は燃料電池車(FCV)1.5万台の燃料に相当するという。ただし、すいそ ふろんてぃあは実証実験用のもので、カワサキは2030年ころの商用化に向けて大型商用船を投入する予定だ。また、カワサキは兵庫県の神戸空港島に、液化水素の荷揚・貯蓄用の設備として、世界初の液化水素貯蔵荷役実証ターミナルを建設し、現在、ハイストラの実証実験に使用している。この液化水素貯蔵荷役実証ターミナルでは、液化水素運搬船から水素を抜き取り、-253℃を保ちながら陸上の液化水素貯蔵タンクに充填していく作業を行なっている。これら、液化水素運搬船や液化水素貯蔵荷役実証ターミナルについては、この企画にて今後改めて解説する。