ヨシムラ
カワサキは長年、水素に関する技術を磨いてきた。現在は、水素供給のインフラ構築に向けた実証実験や、水素を燃料とした発電施設の技術開発、そして水素エンジンの開発など、多分野において水素事業を展開している。連載企画『川崎重工業の水素戦略』では、二輪に限らず、カワサキの水素事業の現状を紹介する。第1回目はカワサキの水素事業の概要を解説する。
カーボンニュートラルとは
日本政府は2020年、「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱酸素社会の実現を目指す」と宣言した。昨今よく耳にするカーボンニュートラルだが、どのような意味があるのか。直訳すると“カーボン”は炭素、ニュートラルは“中立”という意味だ。つまり、カーボンニュートラルとはカーボン(炭素)の排出量をゼロにしようとするものではなく、排出量と、植物の光合成などによる吸収量や除去量を同量にして、排出と吸収をプラスマイナスゼロにするという意味なのだ。“温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする”の“ゼロ”の意味も、排出と吸収&除去のプラスマイナスが“ゼロ”ということだ。このカーボンニュートラル実現に向け、さまざまな取り組みが行なわれているが、新生代のエネルギーとして注目されているのが水素だ。
カワサキの環境経営
カワサキはバイク以外にも航空機、船舶などの製造から、発電施設やプラントの建設など、重工業としてさまざまな製品を開発製造している。それゆえカワサキの事業は、日本政府が目指すカーボンニュートラルな社会の実現に向けて、密接に関係してくる。カワサキの環境経営は1994年に第1次環境経営活動基本計画を策定したことに始まり、自家発電設備を積極的に活用したり、太陽光発電による再生可能エネルギーを活用したりするなど、省エネルギー活動を実施してきた。
カワサキが取り組んでいるこの環境経営活動のひとつが水素の活用だ。カワサキは現在、水素と天然ガスを燃料とするガスタービン発電施設を用いて、近隣施設へエネルギーを供給する技術開発・実証実験を行なっていたり、水素を輸入して日本で使用するための実証実験を行なっていたりするなど、社内に水素戦略部を設けて、水素の活用に積極的に取り組んでいる。
水素を活用したカワサキの実証実験
カワサキは“つくる”“はこぶ・ためる”“つかう”のプロセスにおいて、水素エネルギーの技術開発を積極的に進めており、16年に、岩谷産業やJパワーなどと技術研究組合、HySTRA(ハイストラ)を設立する。ハイストラの事業内容は、“褐炭を有効利用した水素の製造、輸送・貯蔵、利用からなるCO2フリー水素サプライチェーンの構築に対し、2030年ころの商用化を目指した、技術確立を実証に取り組む”というもので、理事長をカワサキが務めているのだ。
ハイストラは現在、オーストラリアで褐炭から水素を作り、日本に運ぶ取り組みを実証実験しており、液化水素をオーストラリアから日本まで運搬する工程と、日本での貯蔵・荷揚をカワサキが担当している。
3社が連携して運んだ水素をトヨタが使用
褐炭由来の水素を輸入して日本で使用するという、ハイストラの取り組みにトヨタが着目し、9月18日(土)・19日(日)に鈴鹿サーキットで開催されたスーパー耐久レースにて、カワサキ、岩谷産業、Jパワーが連携してオーストラリアから運んだ水素を、トヨタの参戦車両に投入した。ハイストラは今年度を目途に、カワサキ製の液化水素運搬船“すいそ ふろんてぃあ”で、オーストラリアから海路で運ぶ計画を立てているが、今回は、空路で日本に水素を運び、トヨタが鈴鹿サーキットに陸送した。
「エネルギーセキュリティを考えても、多様なエネルギーリソースをいろいろなところから柔軟に運べるようにしておくことは非常に大切だと思います。川崎重工様が取り組んでおられるオーストラリアの褐炭水素を運んでくるというプロセスは、長期的にも見通しが立てられる非常に有効な選択肢だと考えています。今後の可能性が広がる取り組みだと思います。実際にオーストラリアから運んでみて使ってみて何が起きるのか。その時に見える課題が、水素社会を実現するうえでのリアルな課題だと思います。我々もまずこの取り組みを実証実験としてやってみて、何が起こるのか見てみようということが、川崎重工様から水素をご提供いただいた理由です」(トヨタ自動車)
「水素社会を実現するにあたって、サプライヤーと使う側が、いかに協力するかということがポイントとなってきます。現在、トヨタ自動車様がガソリン車と同じレースで水素エンジン車を走らせるという先陣を切られています。水素で物が動くということを、このような場で立証できるということは、日本だけでなく世界のエンジニアに希望の光を与えると思います。その仲間に我々が加担させていただいているということはとても光栄です」(川崎重工業)
トヨタによれば22年のスーパー耐久レースでは、すいそ ふろんてぃあで運んだ水素を使用することを検討しているという。さらに25年代半ばには、液化水素運搬船を運ぶ水素をトヨタが使用することで、水素社会実現に向けた取り組みを行なう予定だ。
カワサキの水素戦略に関しての概要を解説したが、次回から水素エンジンの最先端実情を含めて、カワサキの水素戦略について細かく解説する。