ヨシムラ
最近、大排気量スポーツモデルだけでなく、ツアラーやミドルクラスにも装備される例が増えてきているアシスト&スリッパークラッチ。そのメリットはどこにあるのだろうか。実際にその性能を試して、有効性を考えた。
負担を減らしつつ確実に伝える
近年、発表されるニューモデルに採用されていることが多いシステムの一つがアシスト&スリッパークラッチだ。排気量やカテゴリー問わず多くのカワサキ車に装備されている。このシステムが効果を発揮するシーンは2つある。
一つはアシスト効果。何をアシストするかと言うと、クラッチレバーの操作である。アシスト&スリッパークラッチ内のクラッチプレートは回転方向に噛み合う構造。そのためクラッチプレートを押し付けるスプリングを弱く設定できるので、クラッチレバーの操作に使う力を大幅に減らすことができるのだ。
2020年モデルのZ900で体感したところ、クラッチレバーをにぎる力は一昔前の400㏄クラス並といっていいほど少なくて済む。実際に市街地から高速道路、峠道など2日間で1,000㎞以上走ったのだが、その間に左手が疲れたと思うことはなかった。また半クラッチなども違和感なくスムーズに行なえ、操作フィーリングは一般的なクラッチとなんら変わりがないことも記しておこう。
快適性と走行性能を両立
もう一つのメリットが発揮されるのは、急激なシフトダウンなどで強いエンジンブレーキがかかったときだ。恩恵をはっきり感じるのはスポーツ走行の時。サーキットなどで長い直線の先にあるコーナーに侵入するときにはフルブレーキングすると同時にシフトダウンするのだが、タイミングがずれるとリヤタイヤが瞬間的にロックしてしまい、リヤを中心に車体が暴れて怖い思いをすることがある。そんな時にスリッパークラッチは自動的にクラッチプレートの圧着を緩めてリヤタイヤのホッピングを抑制し、車体の安定性をキープしてくれる。
「ならばスポーツ走行をしないバイクには必要ないのでは」という声もあるが、実際は一般道でも操作ミスや緊急回避のために急激なシフトダウンをすることはままあること。Z900でロングツーリングに出かけた時も、初めて通るワインディングロードでコーナーの“アール”を読みそこない、慌ててシフトダウンするというシーンがあった。その時もリヤタイヤは跳ねず、必要以上に焦ることなく減速しコーナーを抜けることができた。その経験からもライダーのケアレスミスや突発的なアクシデント発生時の操作を補うシステムとして、アシスト&スリッパークラッチは有効だと感じていて、多くの車種に装備されていた方がよいと思っている。
またエンジンブレーキは排気量が小さい方が弱いことから、250㏄クラスにスリッパークラッチは必要ないのでは、との声もある。かつて筆者もその1人だったのだが、装備されたニンジャ250でスポーツ走行をしてみるとブレーキングが非常にスムーズにキマることを体感した。まるで自分がうまくなったような気持ちになった。さらにクラッチレバーが指一本で簡単に操作できることにも驚き、アシスト&スリッパークラッチは250㏄クラスでもあったほうがいいと確信した。今では追従するメーカーも出始めているほどだ。
アシスト&スリッパークラッチのうち、クラッチの駆動力をあえて抜く機能は過去にもあった。その一つがバックトルクリミッターという名で採用されていた機能だ。今とは構造が違いアシスト機能はなかったが、リヤタイヤのホッピングを抑制する機能は高く評価された。そのように、当初はエンジンブレーキが強く働きやすい大排気量車に採用されているシステムだったが、現在はアシスト機能も備えて幅広い排気量のモデルに採用されつつある。クラッチ操作が軽いことは、交通量が多い市街地で恩恵を受けられるということ。多くの人が歓迎するシステムだけに、今後も採用モデルは増えていくことだろう。
試乗モデル/2020 Z900
横田 和彦
1968年6月生まれ。16歳で原付免許を取得。その後中型、限定解除へと進み50ccからリッターバイクまで数多く乗り継ぐ。現在もプライベートで街乗りやツーリングのほか、サーキット走行、草レース参戦を楽しんでいる。