ヨシムラ
おおよそ30年〜40年前のバイクなのに、他車に比べて今でも圧倒に実動率が高い空冷Z系。エンジンが耐久性にすぐれていることは周知の事実だけれど、空冷エンジンの敵とも言える熱対策についてもずば抜けた性能を有しているのか?
流れているなら現代でも十分に通用するが…
壊れないことを第一条件に、開発がスタートしたというZ1のエンジン。初期段階では、走行テストにおいてもオイル漏れが発生。その原因は、熱歪みだったという。そのほかにも、コンロッド大端部の焼き付きやクラッチの容量不足など、次々に現れる問題を克服。冷却性能の実験では、放熱フィンを壊して耐久性の追求を図っていたという逸話もある。当時として想定されるさまざまな負荷をかけて開発された結果、ハイパフォーマンスで壊れないエンジンが誕生した。そんなZ1のエンジンが頑丈なのは、現存実動している車両の多さを見れば明らかだ。ただ、日常的に数多くの空冷Z系に携わるウエマツの栗原弘行氏によれば、現代だからこそ気になる熱問題もあるそうだ。
「エンジンの構造や使用されている部材、オイルの回し方など、現代目線で見てもよく出来ている点が多いです。正しく整備されていれば、1年を通して問題なく走らせることができるでしょう。ただし、近年の気候変化や交通状況が原因なのか、夏季になるとオーバーヒート気味になる車両を見受けるようになりました。私の推測では、Z1のエンジンが開発された当時は、夏季の気温は30度を少し超える程度で、交通量も少なかったのではないかと。現代は体温以上の気温になることも多く、道路にはクルマがあふれています。なので、当時の想定を超える熱の負荷というか、冷却効率の低下がオーバーヒートにつながっているように思います」
実例としては、夏季のツーリングで渋滞にハマったところ、熱ダレによってエンジンが停止するという事案で、点検整備に持ち込まれる車両が年々増えているそうだ。
「熱ダレといえば、連続的な高速回転走行や排気量アップなどのエンジンチューンナップを思い浮かべるかもしれませんが、そのような使い方でオーバーヒートする事案はむしろ稀です。渋滞にハマってオーバーヒートしたという事案の方が多く、とくに変わったチューンナップや使い方をしていなくても、オーバーヒート現象は起こるようです」
その対策として、大容量のオイルクーラーを追加するとか、エンジンオイルの粘度を変えるなどを依頼されるそうだが、必ずしも問題解決に至らないそうだ。
「たとえば、大容量のオイルクーラーを装着しても、走行風で冷やせなければ意味がないし、オイルポンプがノーマルのままではオイルの搬送量が増えないので、大きな改善は見込めないと思います。走行状況にもよりますが、硬めのエンジンオイルに換えるのは、内部の抵抗が増して、かえってオーバーヒートを誘発させてしまうこともあります。シリンダーやシリンダーヘッドのフィンサイズを大型化するのは、加工するコストと得られる効果を考えれば現実的ではないと思います」
では、対策がないのかと言えば、使い方や燃調セッティングの見直しなどで、対策できることもある。
「開発された時代と現代の違い、いかんともしがたい気候変動や環境変化という背景はありますので、夏季はできるだけ渋滞しやすい場所を避けて走る、リーン(薄め)の燃調セッティングになっているなら、少しだけリッチ(濃いめ)にするなど。エンジンオイルは粘度よりもオイルレベルの管理をしっかりとする。Zがどうのこうのというよりも、乗り手の工夫で可能な限りエンジンの負荷を減らすというのが、現実的な対策だと言えます」
当時のエンジン開発が、いかに優れていたのかを冷却性能で知る
現代に通じるエンジンオイルの活用
世界で称賛され、名実ともにカワサキのフラッグシップモデルとなったZ1。開発初期は、エンジンに使用する金属部材の膨張率とガスケットの性質が合わず、オイル漏れで苦戦したという。だが、それもガスケットの仕様変更で解決。当時のバイク用エンジンとしては、究極の存在となっていた。「ストレーナーの位置やオイルギャラリーのレイアウトを見れば、現代エンジンのお手本となっている構造です。そんなところからも、Z1のエンジンはすぐれていると思います」と語る栗原氏。Z1の後期型では、オイルパンの形状にさらなる進化を感じるとか。
Z1系とZ1000MkⅡ系のキャブレター
空冷Z系に装備されているVM系キャブレター。いわゆる直引き方式で、スロットルケーブルの動きに従い、ピストン形状のスロットルバルブが上下する仕組み。リンクのガタつきをいかにしてなくすかが、調子の良し悪しにつながる。燃調は後継機種ほどリーン(燃料と空気の混合比率=空燃比が大きい=薄い状態)化されており、渋滞にハマったときはオーバーヒート気味になってしまうとか。
現代の気候では厳しいサイズのフィン
放熱フィンの厚みや形状も、究極の機能美だというZ1のエンジン。だが、地球温暖化や渋滞など、現代の気象状況や道路事情においては、少々の容量不足は否めないと栗原氏は語る。「Z1の開発当時は、交通量が少なく、気温も今より低めだったと思います。なので、このフィンサイズや形状でも十分な冷却性能を得られていたと思います」
空気の通り孔
一見して、鋳造された一つの塊のようなエンジンだが、じっくり観察すると随所に向こう側が見えるほどの孔が設けられていることに気付く。「当時のエンジンでも、ここまで考えられているのかと思うことばかりですが、シリンダーヘッドのスパークプラグ付近に走行風が当たるような孔だけでなく、シリンダーにも向こう側が見えるほどの孔など、走行風の通り道がいくつも設けられています。周辺のフィンの付け方も、冷却性能の確保に絶妙な位置とデザインで、現代のような機械加工技術がない時代に作られたものだと考えれば、究極のエンジン作りに熟慮されたと思います」
オーバーヒート対策に効果あるガンコート
初期のZ1やZ2に用いられたエンジンのブラック塗装。精悍なルックスと機能美に貢献しているのだが、一見して同様の仕上げになるガンコートは、冷却性能の向上を図れるスグレモノ。ガンコートとは、銃身の焼き付き対策から発明されたもので、高硬度と高放熱性が特徴。「当社の実例としてはまだ少数ですが、お客さまの声としては『夏場の渋滞時でもオーバーヒートは皆無』『長距離の高速巡行を続けても熱ダレは起こらない』『オイルクーラーがなくても十分に安定している』などと好評です」年間の走行距離が多い、街乗りでのストップアンドゴーが多いなど、シビアコンディション車に有効。
オイルクーラーの有効性
冷却性能を高めるための定番的な追加部品といえばオイルクーラー。Z1の開発当時も、追加装着が想定されていた。「ラウンドタイプの大型オイルクーラーは実効果が高いと思えますが、純正オプションサイズはあればいいレベル。走行風を受けなければ効果は発揮できないわけで、オーバーヒート対策としては大きな改善は見込めません」
エンジンオイルと熱
レーシングユースなど、限定的な使い方ならば、それに適したエンジンオイルを選べばよいが、ストリートユースでは、純正指定に準じたエンジンオイルがいいという。「熱ダレ対策として高粘度のエンジンオイルを使うという方もいますが、ストリートレベルでは粘度の高さが抵抗になり、かえって熱ダレしやすくなります。Zの場合は、純正指定されている10W-40が適していると、多くのエンジンを整備していて思います」
KAZU 中西
1967年4月2日生まれ。モータージャーナリスト。二輪雑誌での執筆やインプレッション、イベントでのMC、ラジオのDJなど多彩な分野で活躍。アフターパーツメーカーの開発にも携わる。その一方、二輪安全運転推進委員会指導員として、安全運転の啓蒙活動を実施。静岡県の伊豆スカイラインにおける二輪事故に起因する重大事故を撲滅するための活動“伊豆スカイラインライダー事故ゼロ作戦"の隊長を務める。過去から現在まで非常に多くの車両を所有し、カワサキ車ではGPZ900R、ZZR1100、ゼファーをはじめ、数十台を乗り継ぎ、現在はZ750D1に乗る。
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