ヨシムラ
得意分野を活かしつつ担当ライダーに寄り添いマシンを最適化させる助けに
ペレはモーターランドでのテストの帰り道、「KRTは他のメーカーとはちょっと違うかもしれないね」と語り始めた。
「マルセルと私だと、私はジョニーの責任者で、とくにライダーのマネジメントをしています。マルセルがアレックスと一緒にいて、その間に依田さん(KRT・依田一郎氏)がいます。依田さんとは、ジョナサンが何を必要としているか、彼のライディングスタイルやフィーリング、リクエストなどを話しています。それを理解した上で、依田さんと一緒に日本で必要なものの方向性を決め、要望を出す。ガレージの反対側では、マルセルが同じことをしている。日本では、依田さんの提案や情報に従って、私たちをサポートしてくれています。依田さんは普段、マルセルや私と一緒にサーキットにいます。マルセルと私は、ライダーと、依田さんを中心とした日本のエンジニアとの間とも、しっかりとつながっているんです」
もちろん、ペレとマルセルの仕事には共通点が多い。続いてマルセルはクルーチーフの仕事について語った。
「クルーチーフはメカニック、エンジニア、ライダーからなるチームを率いる責任者です。全員が評価され、自分の責任を理解できる環境を作ることが大切です。レースでは、パフォーマンス、効率、継続性がルールです。これが成功への鍵なのです。ライダーのクルーは、それぞれ職業を持った多くの人々で構成されています。私はクルーチーフとして、約10人のリーダーを務めています。ライダー、メカニック、数名のエンジニア(エレクトロニクス、サスペンション、エンジン)などが含まれます」
KRTのサーキットでの活動は、通常、テストやレース前のテクニカルミーティングから始まる。
「レースがある週末が始まる前に、私たちはミーティングを行ないます」とペレは話す。
「エンジンローテーションなど、レースウイークエンドの出発点となるさまざまな項目について話し合います。初日が終わるとテクニカルミーティングを行ない、マルセルが自分のマシンをどう調整したか、そして私が自分のマシンをどう調整したか、私の結論と彼の結論を述べます。それらをすべて依田さんに伝え、日本に伝える。土曜日も日曜日も同じです。もちろん、ジョニーを担当する私はアレックスのデータをすべて見ることができます。でも、それぞれのライダーがどんな乗り方をしているかは、本当に理解しないといけません。理解できればデータは役に立つからです。ジョニーとアレックスは、まったく違う乗り方をしていると言えるかもしれないんです。でも、結局のところベースは同じようなもので、細かいところで差が出ます。ではその細かいところでジョニーに必要なことは何かを理解するために、私は100%ジョニーに集中しています。これはマルセルも同じで、彼は私がやっていることを知っているし、私もマルセルが何をやっているかは、もちろんわかっていますよ。そして集中したなかでのミーティングやトラックセッションの積み重ねが、チーム内に膨大な量の情報を生み出します」
続けてマルセルが話す。
「ライダーからのフィードバックはもちろん、ライバルのパフォーマンスにも注目しています。これらのデータはすべてモニタリングされ、保存され、現在そして将来の技術的、戦略的な意思決定に利用されます。しかし、チームメンバーの一人一人が、歩くデータベースなのです。各自がそれぞれの分野で経験を積み重ね、それがレースパフォーマンスの基礎となるのです」
「レースは、物理法則に挑戦する純粋なエンジニアリングの競技です」と話を続けるマルセルからエンジニアの側面が顔をのぞかせる。
「膨大な情報のなかから必要なデータだけをピックアップして、できるだけシンプルにすることが大きな課題です。レース中のセッティングは比較的簡単ですが、マシンをつねにトップで走らせるためには、継続的な開発が必要です。そのためには、機械工学に対する強い理解が必要なのです」
続いてピットボックスやスターティンググリッドの内外を問わず、クルーチーフとライダーとの関係についても触れたい。
ペレとジョナサンの間には、このような仕事上の関係だけでなく、個人的な関係も強いのが特徴だ。8シーズンを経て、ペレとジョナサンの関係はテレパシーに近いものとなっている。
ペレはこのように話す。
「私はもともと乗馬をやっていました。そして私はライダー出身だから、レースに対する価値観を持っている。そこでもっとも重要なことは、ライダーを理解し、ライダーが何を必要としているかを理解することです。結局、一番大切なのはライダーなのです。たとえテクノロジーが進歩し、多くのことを助けてくれるようになったとしても、今はライダーがもっとも重要な要素です。ライダーとして、あらゆる場所で最高のフィーリングを得ることがいかに重要であるかを知っていたのです」
アレックスとの仕事上の関係については、マルセルは次のように語っている。
「このレベルのレースでは、お互いの関係が非常に重要です。ライダーとクルーチーフの間で交わされるフィードバックの一つ一つが、チームがどれだけ早く限界を理解し、問題を解決し、戦略を最適化できるかを決定するのです。我々には、レースでチャンピオンを獲るという明確な目標がありますから」
もちろん、ライダーにはそれぞれ長所と短所がある。
ペレは、レイ選手の最大の強みを『何が変わってもトップレベルのペースを見付けることだ』と見ている。
「ジョニーが何度も世界チャンピオンになった理由のひとつは、彼がどんな状況でも理解できるスキルを持っているからだと思います。ルールが変わったり、ホモロゲーションが変わったり、ピーク回転数が上がったり下がったり…。ジョニーはあらゆる状況を理解し、状況をどのように管理し、どのようにパッケージからベストを引き出すか、そのスキルに長けているんですよ。ライダーの立場から言うと、そういうことはとても難しいことなんです」
アレックスについて、マルセルは彼の強みをこう説明する。
「アレックスは並外れたアスリートです。彼のモチベーションと成功への決意は計り知れません。彼は“本物”のレーサーです。つねに最高のパフォーマンスを引き出すことができます。そして、最近のマシンの開発にも大きな貢献をしています」
では、カワサキ最大の強みは何か。レギュレーションの変更と制限を経て、スーパーバイク世界選手権マシンのなかでは、もっともノーマルなマシンとなったカワサキの強みとは?
「ジョニーは、パッケージからベストを引き出すことに適したマシンを見付けたんですよ」とリバは言う。
「ジョニーはスムーズさを求め、コーナー進入での安定性を求めています。つまり、このNinja ZX-10RRのベースが、彼のライディングスタイルにとても適しているのです。そして私たちは、一歩一歩、マシンを改良していきました。2015年以降、大きな変化をしたり、まったく新しいバイクになったことはありません。これがまたゼロから始めるとなると、パッケージを理解するのに何年も必要です」
マルセルはNinja ZX-10RRのポジティブなポイントについて別の視点を持っている。
「このマシンの強みは、もっとも近いライバルたちと比較して異なっていることにあります。エンジンはもちろん、サスペンションのブランドや電子制御の開発など、さまざまなコンセプトがあります。また、KRT/KMCの社内には若くてダイナミックな雰囲気があり、過去も既成概念にとらわれず、さまざまな分野を開拓することができました。失敗から学びながらも、このマシンを世界的なレーシングマシンに仕上げることができたのです。Ninja ZX-10RRのベースとなったNinja ZX-10Rは10年以上にわたって実証してきたオールラウンダーです。高い安定性を持ち、それがコーナーの進入・立ち上がり性能につながる。高速で流れのあるコースにとても強いのです」
2022年の開発では、どんなコースでも、どんなコンディションでも、マシンを機能させることに集中することがキーとなりそうだ。
マルセルは次のように語る。
「レースマシンの開発のほとんどは冬の時期に行なわれ、多くの要素がこの時期に導入され、確認されます。レースに出て、身近なライバルを目の当たりにすると、自分たちの弱点や強みがよくわかります。各メーカーのバイクの特性は、この数年、ほとんど同じです。しかし、シーズンが始まると、この真夏のテストは残りのシーズンのバイクのセットアップの基礎となるのです」